先輩インタビュー

誰かの人生の大きな分岐点に関われて背中を押す仕事

地域連携看護師
長瀬 佳苗

誰かの人生の大きな分岐点に関われて背中を押す仕事

長瀬さんのプロフィール

資格取得後、北里大学病院、北原国際病院で勤務。
神経難病、膠原病、脳神経外科疾患の看護に従事。
病棟経験を活かして、療養の場の選択や決定支援、地域医療との連携を図る役割を担いたいと考えるようになり、医心館の地域連携看護師の業務に興味を持ち、2023年10月医心館に入社。
医心館経堂を経て、現在は医心館西永福を担当。

地域連携看護師のどんな点に魅力を感じて応募頂いたのですか?

9年間の病院勤務はすごく楽しかったのですが、膠原病、神経内科、脳神経外科と経験した診療科がやや特殊で、長く病気を抱えながら生活していく方を看ることが多い毎日でした。
患者さんを看護していく中で「意思決定支援」というところにもう少し携わっていきたいなっていう思いがありました。大学病院や急性期病院にいると、入院期間を短縮しなければいけないという病院からの指示もあり、患者さんの今後の生活に関して、じっくりと考えていく時間があまりなく、本当にこれでよかったのだろうかっていう思いを抱えながら支援していく方が多かったです。
患者さんが納得して予後が過ごせるような「調整業務」に携われる仕事はないかと探し、地域連携看護師の求人をみつけたのが応募したきっかけでした。

病院での看護業務とは全く違った業務内容ですが、その点はいかがでしたか?

正直なところ「営業看護師」という言葉の意味があまり理解できなかったです。
求人の内容をある程度は理解し、業務をイメージすることはできたのですが、数字に追われるという経験をしたことがないので「数字に追われることが大丈夫か?」というご質問を面接の中で頂いたのですが、漠然としたイメージしかない中で、「大丈夫です!」って無責任に言ってもいいものなのかと思って、答えられませんでした。
面接の中でも「営業なので数字が求められる」というお話を度々されていたのが、すごく印象的でした。

地域連携看護師の面接では、お話に出た数字の話も含め、業務内容についてかなり細かくお伝えしていますが、入社後のギャップはありましたか?

面接の時にかなりしっかりお伝えいただいたので、ギャップはありませんでした。
実際よりかなり柔らかく伝えてくださっていたと思いますが、面接官の方が何を言わんとしているかというところはある程度推しはかれるものがあり、要は 数字が上がらなければ、プレッシャーを感じる時もあるということを伝えたいのだろうなっていう事は理解できました。
それもあり、自分の中である程度プレッシャーがかかるということを想定していたおかげで、大きなギャップもあまりなかったというのが現状です。
現場で地域連携看護師として活動してみると“数字をあげる”ことの大変さはありますし、なかなか思うように結果に結びつかないこともあったりして、実際にやってみないとわからないことがたくさんありました。

ギャップとまではいかなくても、業務の中で遭遇した“壁”のようなものはどうやって克服したのですか?

あまり落ち込まず、どうしたらいいかという事を先輩や上長に相談しながら、ひとつひとつ解決していく感じで、なんとか続けられている感じです(笑)

地域連携看護師の業務は、病院での業務とは全く違う部分が多いと思いますが、業務を行う中で苦労したことはなんですか?

ビジネスマナーと保険制度の理解に苦労しました。
言葉遣いは、社会人としてある程度、病棟の看護師業務で身についてはいたのですが、対応する人や場面の違いで言い回しを変えて、失礼がないように、伝えたいことを確実に伝える事が難しかったです。
臨床の知識があればいいというような、病棟の看護師とは違って、看護師として見られる以外の部分がたくさんあり、慣れるまで時間がかかりました。

もう一つは、保健制度の理解に苦労しました。
医療保険、介護保険、傷害に関する規定、行政の仕組みなど、医心館への入居を進めるには、様々な法規を理解していなければご案内ができないということを、入職後に痛感しました。病棟の場合、会計に関することは病棟の事務スタッフが対応、看護師が説明することはありませんでした。ご入居者様がどの種類の保険証を持っていて、何割の負担でという点には関わることがなかったので、地域連携看護師になって初めて知ることも多く、常に勉強が必要でした

それらはどうやって克服したのですか?

ビジネスマナーについては、YouTubeで名刺の交換などの方法を調べて、実践しました。説明の方法、言い回しなどは、指導、教育に当たってくださった先輩の前で電話をして「こういう説明を入れた方が良かったね。」や「困った時はこんな感じで言ってみるのがいいよ。」と具体的にアドバイス頂いて学んでいきました。
法規に関しては、入職する前の有給消化中に 診療報酬の本を読み、診療報酬に関する勉強会に参加して、なるべくスタートをうまく切れるようにとは思ってやっていました。
得た知識をベースに関わる事例の一つ一つで学んでいきました。

 

これまで経験したことのないことを、一つ一つご自分のものにしていったという印象ですが、長瀬さんが感じる地域連携館看護師のやりがいってどんなところですか?

まず地域連携部に入ったきっかけが、患者さんの意思決定支援の促進をサポートしたいというところでしたので、やりたいことが叶い、やりがいを持って関われていると思います。
私の大事にしている看護観の1つに「人は生まれた瞬間から死に向かって歩いていく」というのがあるのですが、がん末期の方が余命の宣告を受けて、ご本人やご家族が残された余生をどうやって過ごしていくかという時にお会いし、お話をして、医心館をご紹介することは、少しでも先の未来に目を向けられるようにサポートができるお仕事ですので、自分の看護観にも合っている気がします。

ご入居いただいて、いよいよご逝去となった時に「ここ(医心館)に来て、家族と過ごす時間や本人の希望に沿った時間が取れたのは本当に良かった。」や「最後は苦しかったかもしれないけど、家族に見守られて過ごせたこの時間が本当に尊かったです。」というお話をいただくと、自分の対応が間違っていなかったと思えます。
もちろん私たちの使命として、入居を促進するということが組織人として求められるところではありますが、その先には入居者様やご家族様がいらっしゃいますので、自分の仕事が誰かの人生の大きな分岐点に関われて、背中を押す仕事だということをひしひしと感じられるとてもやりがいといえますね。

入居に関わった方の分だけ、それぞれの物語がありますね。
その中でも1番心に残っているご家族とのお話とかありますか?

西永福を担当した直後に対応した、多系統萎縮症の方とのやりとりが心に残っています。
その方は、気管切開もせず、呼吸器、胃ろうも不要と意思表示をされていた方で、ご家族様もその意思を尊重して、ご自宅でのケアを続けられていました。
そうするうちに、いよいよ呼吸が弱くなってきて、自宅でのケアに限界が来てしまったため、ご自宅でのお看取りは断念され、医心館への入居をご相談頂きました。
すぐにご自宅に伺いケアマネ、主治医を調整し、その日の午後には無事に入居して頂けました。
ご家族と一緒に、ご本人の安全・安楽や、最後を迎えるにはどうしたらいいかということをみんなで話し合い、ご入居いただき、入居後5日ぐらいでご逝去されました。ご家族からは「長瀬さんに相談した時、家中で電話を2台も3台を使ってあちこちに電話かけてくれて、今から行けますからねと言ってくれた時に私達がどれだけ安心できて、嬉しかったことか・・・」と言っていただきました。
調整している時は夢中でしたが、在宅医療の緊迫感や臨場感を初めて感じられた忘れられない事例です。

これから地域連携に挑戦しようと思う人に向けて、地域連携の先輩としてメッセージをお願いします。

「夜勤がない」「フレックス」「給与面」などを魅力に感じて挑戦しようという方もいらっしゃると思いますが、それに見合った仕事内容、質というのは求められるので、ある程度の覚悟は必要だと思います。
数字は求められますが、その数字を作るまでのやり方というのは自分で組み立てられるので、自分で決めて、実行して、アウトプットしていく仕事です。まずはやってみる覚悟があるかによって入職後の業務は変わってくると思います。
入職する看護師さんは、臨床経験を持ち、ある程度勉強の仕方を学んできた方だと思います。自立性を持ち、どうしたら1日でも早く成長できるかということを考え、問題解決型の思考で取り組むこと、かつ向上心がないと難しい仕事に感じるかもしれません。
辛い事、覚えることも多いですが、その分やりがいや、嬉しいこともたくさんあるお仕事ですので、興味のある方は是非挑戦してみて下さい。
お待ちしております。

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